岡所一豊課長/明治石油株式会社(大阪府)

 15歳にして自分の在り方を決めた男

 

今回ご紹介させていただく方は
明治石油株式会社
営業課長兼千代田SS店長
岡所一豊さんです。

 

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岡所さんと初めてお会いしたのは今年5月
お会いして瞬間に感じたのは


“この人、腹がすわっているなぁ!”


話を聞いてそう感じる人はいますが
話を聞く前からそれを感じさせる人に会ったのは久しぶりでした。


岡所さんの奥の深さの背景を知りたくて
早速インタビューに応じて頂きました。


岡所さんが在籍する明治石油株式会社は
大阪府の南部地域で7SSを運営されています。


岡所さんは明治石油鰍ナ千代田SSの店長と7SSを統括する
営業課長を兼務されています。


■ 千代田SSの実績
 ・燃料販売量450KL 
 ・油外粗利350万
 ・12月は油外1000万オーバー
 ・年間車売買台数 90台
 ・年間車検台数  400台


【18歳から伝説をつくり続けたSSマン人生】


岡所さんは高校を卒業して新卒で
明治石油株式会社(当時ゼネラル石油の合弁会社)に入社

・主任昇格(19歳)
・店長昇格(20歳)
・初めて店長に抜擢された店では、20歳にして、
 当時ゼネラル石油の中の最高のステータスであった
 300KLクラブ入りを果たします。
 以後、店長を任される店を次々と300KLクラブ入りさせていきます。
・エリア統括課長昇格(26歳)


【油外販売でもその伝説は数知れず・・・】


・リペア会社とタイアップして2週間のリペアイベントを実施
 (作業技術者がSSに常駐しSSでリペア作業を行うイベント)
 目標売上は200万でしたが、結果は400万を計上。
 最後は、予想超える受注数で作業を実施するタイアップ先が人手の手配を
  付けられず悲鳴をあげるほどに。


・車検工場が自社になかったので、提携工場をみつけ車検スタート。
 スタートから2ヶ月目には車検44台、3ヶ月目87台の実績をあげる。


・2007年から12月油外1000万突破を目指すが
 3連続して900万円台で終わる。
 それでもまたチャンレジし、2010年についに1000万突破。


チャンレジする目標も半端な数字ではありませんが、
目標が大きくても諦めることはない、これが岡所イズム。

 


【高校野球でも一流選手】


岡所さんの凄さは高校卒業時点から全開状態
岡所さんの原点を知る為に、さらに、遡った話をうかがいました。


中学時代には、大阪の名門高校から8校からスカウトされるほどの逸材。
家庭の事情で私立は断念し公立の名門校へ。


高1からレギュラーとなるが、それを良しとしない
先輩のしごきと言う名のいじめは激しかった。が、
それをただ甘んじて受ける人ではないのが岡所さん。


「先輩、これで野球がうまなるんやったらなんぼでもやってください。
 そうでないんやったら、あんたら恨むだけです。」


この一言で、先輩の陰湿ないじめ、しごきはおさまります。
(この高校ではそれ以降今でもしごきはなくなったそうです)


■■■自分の思っていることを率直に相手に伝える■■■


自分の思っていることを伝えて相手の行動を変える!
それが出来なくて悩んでいる大人が、今、
どれだけいることか!
それを、高1にして、自然に言えるところは
この時点でただ唯モノではないことがうかがい知れます。


高校では甲子園にはいけませんでしたが、
高校卒業時もスカウト合戦が繰り広げられます。


その中の一つが、新日鉄。
新日鉄のスカウトは岡所さんに
投手から野手への転向を助言します。
後で、わかったことですが、
この年の新日鉄入社選手の中には
あの野茂英雄がいました。


岡所さんは、数多のスカウトを振り切り
熱心に誘ってくれた明治石油に入社を決めます。


【岡所さんの今の原点はなんと15歳】


中学時代は、野球では有名でしたが、もう一つ有名になったことが。
それは・・・・“やんちゃ”ぶり
岡所さんのご両親は岡所さんが小5の時に離婚
兄弟3人はお母さんに育てられました。


岡所さんのやんちゃぶりは、
お母さんが、毎日、学校や警察に呼び出されるほどのもの。


高校に入学する時に
岡所のさん人生のターニングポイントとなる出来事が起こります。
離婚して音信不通だったお父さんから「会いたい」との連絡。


やんちゃはしていましたが、そこはまだ子供
父親に会いたい気持ちがわきあがります。


しかし、ここで父親に会うことは、
『母親を裏切りことになるのでは?』
これまで散々、苦労をかけてきた母親を裏切る事はできない!
そう思い、父親との対面はしないことを決める。

 

『母を裏切りことはできない』

では、
“母に苦労をかけてきたことは、それは、裏切りではないのか?”

“苦労させるのは当たり前”

“野球を好きにやらせてもらうのも当たり前”


父親と対面することで悩んだことが
岡所さん自身がどれだけ人に(特に母親に)
依存している人生を歩んでいるかを考えるきっかけとなります。


そして、

“人に頼った生き方はしない!”

そう決意した時はなんと15歳!


依存しないで自立の道を選んだ岡所さんは
野球の道は諦めずに、ハードな部活を20時までやりながら
夜の21時から24時まで近くのSSでアルバイトを始めます。
アルバイト代は封を切らずに母親の手へ。

その仕事ぶりもアルバイト代稼ぎのアルバイトに終わらず
アルバイトでありながら油外60万円を稼ぐまでに。


岡所さんの仕事ぶり、その精神力を
3年間見続けていたアルバイト先の上司が
「この子はうちの会社を支えられる人材になれる。
どうかうちで預からせて欲しい。」
と母親を説得。


この上司の情熱が岡所さんをSS業界に導きます。


 

【諦めない。その時できる最大限のことをやる!】


岡所さんらしさを象徴する出来事があります。


岡所さんは結婚式前日の夜、交通事故に会い
救急車で病院に。
即、入院の処置がとられましたが、
明日は結婚式、遠方の親せきはすでに大阪入り。
自分のせいで穴をあけるわけにはいかないと、
医者の説得を振り切り、包帯ぐるぐる巻き松葉づえで
結婚式、披露宴をやりきってしまいます。


15歳で決意した依存しない生き方は
どんな場面でも諦めることなく、
その時できることに最大限の努力をするという行動を
躊躇なく選択できるまで自分を磨きあげています。


【本気歴がその人の人生】


岡所さんのこれまでの輝かしい実績は
自分一人で成し遂げられるものではなく、
スタッフの協力があってのもの。


スタッフに“岡所さんの為に頑張る”と思わせる
ことができているのも岡所さんの生き方にあると思います。


齢(よわい)、43歳
生き方の本気歴、28年
岡所さんの深み、人を引きつける力は、この本気歴の長さ!
人の本当の年齢はこの本気歴の歳月です。

こういう人のことを本当の意味で
“先生”というのではないでしょうか!